Q. オーディションあるいは去年の静岡でのリーディング公演から、

「アタマの中展2」での創作を経て、『終わりにする、一人と一人が丘』のどういう感触をつかんでいますか?

​布施安寿香 ※11/17更新

静岡でのリーディング公演のときは、その日でなんとか形にしなきゃと気負い過ぎていっぱいいっぱいだったな、という感触が一番残っていて、作品そのものがどうというより、西尾佳織さんという人を知り、そして(追い詰まったときの)俳優としての自分を再発見するような感じでした。

「アタマの中展2」のときは、本公演がある前提での初顔合わせのような創作だったので、

もう少し落ち着いて向き合えた気がします。

その中で、手の甲を平気で見せている、という描写に、やがて、ここにシミが増えると平気で、とは思えなくなるんだろうなぁ、とか、

自分より若い、初対面の人に「お母さん」と呼ばれても案外すんなりと受け入れられるんだなぁ、とか、「自分」の過去が意外と他人で「他人」に起きたことの方が自分と重なる、ということはあるんだなぁと気付いたり、そういった具体的な断片が残っています。

演じることで、他の共演者の方と同じ空間にいることで、自分では予想していなかった感覚や感想が芽生え、そういうものの積み重ねでこの作品はできていくのかなと、今は思っています。

​菊沢将憲 ※11/13更新

鳥公園は過去に芸劇eyes番外編の女性演出家特集で一度観たことがあり、その時に舞台から発されていた毒をもろに浴びて、西尾さんは怖い人なのだとずっと思い込んだまま、オーディションを受けました。オーディションでの西尾さんはとてもやわらかで、長年抱えていたイメージは覆されました。オーディションでのよく分からない感じ、不確定なものに飛び込んでいき、そこでさらに足掻いて泥沼に嵌る手法は、自分にとってしっくりくるものがありました。自分も映画をつくるときに、同じようにするからです。自分にとってものづくりは答え合わせではなく問いかけで、その問いかけに何か答えらしきものが見えたとしても、それはすぐに問いに姿を変えるから、何かをつくってもすぐにまた次のものをつくらなければならなくなります。その同じ業を、西尾さんも背負っているように感じました。『終わりにする、一人と一人が丘』も出口のない迷路になると思いますのでとことん嵌って遊び尽くします。

​和田華子 ※11/9更新

オーディションで行なったクリエーションで、演出家・俳優各々が、作品を立体的に立ち上げるために能動的に動くことが求められている現場だと思いました。

ゼロを1にする発想力に長けた俳優、1を50に膨らませる事が得意な俳優、1の精度を高める能力がズバ抜けている俳優、様々なタイプの俳優が、自分の武器を持ち寄って立ち向かわなければいけない。そんな印象を戯曲から受けました。

それくらいこの戯曲の立体化は、三次元じゃなくて四次元的で。

西尾さんの書く言葉たちはしっとりしていて肌触りが良いはずなのに、実際に舞台上に立ち上げる事を考えると、戯曲に描かれた時間軸と場面に、どのように私は身体を置くことが出来るのか、わからない。迷子になりそう。

反面登場人物たちは「寂しさ」と仲良しで、ズルズルに溶けそうになりながらも営みを続けている。それがとても愛おしいし、誰しもが身に覚えのある感覚だと思います。

尊敬出来る共演者との創作を経ることで、11月には見た事もない世界が立ち上がっているであろう事には確信が持てていて、今から稽古が楽しみです。

​石川修平 ※11/5更新

作品全体を包んでいる掴むに掴みきれない

でも手触りのある空気感がある。

家族だろうが恋人だろうが友達だろうがそれ以前に皆が他人。

それなのに集団に属したり人と関係を持つと

たまたま出会っただけの「他者」という感覚が

麻痺してしまい無理をして疲れちゃうしみんなこうだからお前もこうだろ!という使命感に駆り立てられ心と身体が追いつかなくなってしまう。

 

きっとここに登場する人物達は(男2.3はまだ分からないけど)「これ」と「これ」との距離に敏感で常に探って失敗して

自分の力だけではどうにもならない出来事、力を常に感じて常にもがいている。

どこか寂しくていびつなんだけど、とても素直で不器用なんだと思う。

そういうもの同士がたまたま出会って

偶然にも初めて相手の穴と自分の穴を見せ合うことになり少しずつ馴染みあっていたら

変なポジティブさのコンチクショー!精神で前向き?に生きていく(終わらせる、折り合いをつける)方法を模索していく。。

そんなようなエネルギーがこの作品の空気に含まれているのかもしれない。

​鳥島明 ※11/1更新

自分は「鳥公園のアタマの中展2」で初めて台本に触れましたが、いつもと違うぞと思いました。

毎回エチュードやディスカッションから台本が徐々に作られていくのですが、今回は既に西尾さん自身の中で完本されています。

まだ1日しか体験していないので西尾さんのやりたいこと、作品の目指している方向性などまだわからない状態ではあります。

いつもわかっているとうことではないですけども、、、

内容自体はシンプルな印象なのですが、お客さんにどういう感触を与えればいいのかがまだわからない状態です。

 

例えば色んな時間軸の人たちが同じ空間に存在しているということなのですが、見る側の印象としては、違うことをしている人達がただ居るということになってしまわないだろかと思ってしまいます。

これからの稽古次第だとは思いますが、もしそれが出来たとして、色な時間軸の人たちが同じ空間に居るという事はどういうことなんだろう、それによって何を生じさせたいのだろうと。

何か分かりやすい意味を付けるということではないんですが何かとっかかりがこれから分かればと思います。

 

あとこれは本当に個人的な感想ですが、台詞や作品がいつもはエッジの効いた印象なんですが今回はボワ〜ンとした印象を受けました。ただそれは、自分がまだどう立ち回っていいのかわからないせいかもしれません。

​花井瑠奈 ※10/28更新

オーディション、「アタマの中展2」はどちらも作品のパッケージ化を直接的に目指さないような時間となり、誠実にやり取りできる場で嬉しかったです。さまざまな背景を持った人が集まり、私自身も俳優ではないけれど制作を共にできることを、有意義に思い、同時にこれを当然と言いたいとも思います。
『終わりにする、一人と一人が丘』には、さまざまな物事に対する各々の意識を、ボーリング調査した地層みたいにまるまる眺めるような感触を抱いています。大きい樹、境目の分からない物と物、自分から離れた自分(髪の毛とか)などについて思っています。
意識の差や変化に出会うことは、個人の関係レベルでも土地・時代レベルでもよくあることだと思います。それを分かっても簡単には受け入れられなかったり、隠そうとしたりすることもまた、よくあることだと思います。生きてきた中の実感としてそう思っています。
その事象と感覚を並べて、作品と、人や時間や場所も並べて眺めて、これから作る時間を楽しみにしています。

♯15『終わりにする、一人と一人が丘』

​出演者コメント

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